makoの毎日子育て&考えてること日記


by my1155
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人の最期とは

あーちゃんが産まれて、10日位で、母方のおばちゃんが亡くなった。産まれてしばらくは実家で世話になろうと考えていた中、お葬式や他諸々で、すぐ、自分のマンションに戻った。

あれから1年半。残されたおじいちゃんは、認知症が進み、おばちゃんが亡くなったことすら、忘れ、しばらくは、『おばちゃんはどこにいった?』と聞いていた。
おじいちゃんは、ひ孫の顔をみるとうれしそうだった。そのおじいちゃんが、グループホームという老人ホームに入ることになった。
老人ホームでは、体調が悪くなり、病院にいったら、もう戻ってくる人はほとんどいないという。

認知症だったが、足腰は元気で介護としては、おむつを変えるなどのことはなかったが、介護をしていた、私の父母は、毎日同じことを聞かれ、毎日同じことをして、注意して、毎日、毎日の出来事に限界を感じ、ホームにいれることを決意したという。

認知症のおじいちゃんは、昔のことがぐるぐる頭の中に渦巻いて、現実と過去をいったりきたりしていた。話がまさにそうだった。まともに話していたと思ったら、戦争にいってみたり、昔商売していた自分に戻ったり、たまに、そんな自分が嫌になるのか頭をかかえて、『ああ、疲れるなぁ』といっていた。新聞を読みながら、眠ってることも多く、このまま死んでしまうのでは、と心配することも。確かに、おじいちゃんと会話すると同じことを何度も聞かれ、入歯が出たり入ったりして、あまり、会話にならない。

でもちゃんと、私が孫で、あーちゃんがひ孫ということはわかっている。

たまにおじいちゃんを見ていると、生きていることがかわいそうに見える。思い出したくない記憶も、今の記憶とごちゃ混ぜになり、本当は死ぬまでいたかったろう、家から、ホームへいくことになり、家から近いとはいえ、人間の最期とはこんなに寂しいものなのか、胸が苦しくなった。

あーちゃんと散歩がてら、おじいちゃんに会いにいこうと思う。

90歳を過ぎ、ただでさえ年をとるのはさみしい。周りは順番に亡くなっていく。
せめて、認知症が進んでしまい、私がわからなくなる前に、マメに遊びにいくことも、先祖供養なのかな。と思う今日この頃。

介護の苦労と、老いる淋しさを感じました。
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by my1155 | 2010-06-01 21:38